はじめに
はじめまして。蜘蛛の糸運営のとみはじめと申します。
今から二十数年前、私は明らかにやばい状況でした。あの年の冬、バイト休みの前日に氷点下の夜があったら、私は今こうしてこのサイトを立ち上げてはいなかったでしょう。
このようなサイトは他にもたくさんあると思いますが、私はあえて蜘蛛の糸という、少し、いや結構辛いイメージの名をつけました。
今振り返ってみると、芥川龍之介の有名な短編小説「蜘蛛の糸」のようにただひたすら光を求めて登って、そして登り切って蟻地獄から抜け出した、そんなイメージが浮かび上がったのでこの名前をサイトにつけました。
他にもたくさんの類似サイトがあり、どれもこれも優しい、寄り添うようなイメージのあるサイトが多いかと思いますが、それらに依存してしまっては改善はされません。自らの強い意志がないと、この地獄からは抜け出すことが出来ない、そう私は思いました。
大変だと思います。辛いと思います。苦しいと思います。でも最後に自分を救うのは他の誰でもない自分自身なのです。
他の人に頼るな、という意味ではないのです。ただ、どんなに他の人がアドバイスをしたところで自分自身がそのアドバイスを受け入れない限り、一時しのぎで又元の木阿弥に戻ってしまう、と私は思います。
その蟻地獄から、負のスパイラルから抜け出すためには。
思考を変えなければそれはいつまでも続く
だから、このサイトでは少々手厳しいことも書いてあるかと思います。
私はヤバかった冬が過ぎてしまったあと、再び生きていく決意をしました。
でもそんなたいそれた決意ではありません。
私が小学校5年生の時に兄が交通事故死(享年17)したのですが、その時の両親の年齢に私はまだ達していなかったのです。
兄弟姉妹4人の長男で、高校卒業後、働くことが決まっていて、決して裕福とは言えない家庭、むしろ中の下くらいの家計だったであろう我が家が、ようやっと少し楽になるかなと思っていた矢先の事故死で、両親のその時の気持ちやら心情やらを考えた時に、先に死んではいけないと思ったのです。
だから両親が死ぬまでは自死はやめようと、それだけです。
もっというと両親が亡くなったら死んでもいいか、とそう思っていました。
そして、これからあと何年生きていくかはわからないけれど、どうせ生きていく、と決めたのなら、なるべく楽に楽しく生きていきたいと思ったのです。
道端に咲く花を見て「綺麗」と思う人がいます。
でも花は人が「綺麗」と感動するために咲いているのではありません。
花を咲かせて匂いや香りでもって昆虫類を誘引して、花粉を遠くに運んでもらい、他の地で受粉させる、つまりは種の保存のために咲いているに過ぎません。
それでも道端に咲く花を見て「綺麗」と思える毎日を送りたいと思ったのです。
それからの思考錯誤は別サイトnoteに譲ります。もし興味ありましたら覗いてみてください。
このブログには、こうして自己診断鬱病から快復する要因だけを書いていきます。