だから忘れる

自分でこの時代、この場所、この両親の元を選んで生まれてくる、そして過去に犯してしまった罪が業となって背負って生まれてくる、という話をしました。

もしあなたが今、特定の誰かに酷い目に合わされているとしたら、実は過去にその人に対して貴方がやってしまったこと、なのかもしれません。

もし、そうだったとしたら今あなたを酷い目に合わせているその人を赦すことはできますか?

それはさておいて・・・

自己スキーマの話をしました。

事故で記憶を失った五人がそれぞれ自分は何者で、この先どう行動するのが正解なのかを探っていきますが。

その記憶は断片的です。ある時は人を殴っていたり、ある時は老人を助けたりしています。

自分はいったいどういう人間なのか?

断片的に思い出す記憶が、「人を殴ってる姿」や「怪しげな密談」ばかりの悪人面だったら、どうでしょう?

自分はろくでもないことばかりしてきた人間だったんだ、と思ってしまうのではないでしょうか?

逆に家族と幸せに暮らしている記憶だとか、席を譲っている記憶だとか、困っている人を助けた記憶ばかりを思い出していたら、自分はそんなことが出来ている人間なんだ、と思えるはずです。

(確か麻薬の密売組織の中に潜り込んでいる警察官で、だからそんなろくでもない記憶があった、のような大逆転の展開だった気がします。)

私がこの映画を観たとき、これが「人が前世の記憶を忘れて業だけの記憶を背負って生まれてく理由」なのではないか、と思ったのです。

もし過去の具体的な記憶がすべて残っていたら、私たちはこの記憶(自己スキーマ)に引っ張られて今をより良く生きることができなくなってしまう。

だからこそ、具体的な記憶は忘れ、業だけを引き継ぐ。

「過去に足を失ったから、今生は原因不明の足の痛みに悩まされる」といった話があるのかもしれません。(前世の記憶を思い出したらそうだった、そんなのがありました。)


この自己スキーマによる縛り、今この瞬間にも影響を与えられていませんか?

例えば、両親から親の言うことをよく聞くいい子と言われて育ってきたから両親の言うことには逆らえない。

逆に悪い子と言われ続けられたから「自分は悪い人間なんだ」と思い込んでいる。

過去の記憶や刷り込みに縛られていませんか?


今一度、あなたの人生を取り返しましょう。あなたはどんなふうに生きてきましたか。

そして今一度考えてみましょう。

あなたは本当はどんな人生を送りたいですか。

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