感謝する。誰に?何に?
そう思う人もいるでしょう。
まずいの一番に「今日生きている事」に感謝です。
死にたくないのに死んでいっている人達が世界には沢山います。
今日も無事に生きている事に感謝です。
・・・と耳が痛くなるほどの説教聞き飽きたですよね。でも思い出して下さい。生きているのが嫌であれば別のサイトに行って下さい、と始めに念押しした事を。
今が辛くてなんとか抜け出したいと思ってこのサイトにたどり着いているはずです、貴方は。
だからまず、生きている事に感謝です。
私もある人に「寝る前に10分感謝しなさい」いわれたけれど感謝なんて出来ませんでした。
どうすればいいのかもわからなかったし。
でも絶対に快復する、というよりはあの闇にもがいた日々は二度と味わいたくないと強く思ったので、どうしたものかと思案していた所に某宗教のお誘いを受け(個人的には宗教はお勧めしないのだが)このときばかりは渡りに船と、教わったお経を寝る前の十分唱える事にしたのです。
音信不通の両親にも
五体満足に産んでくれた事だけが感謝のはじめでした。
そう、五体満足に産んでくれたこと。
世の中にはそうではない人もいることは貴方も知っているはずです。
鬱快復過程の中で私はある日はっきりと気づいて認識しはじめました。
私の母親は知的障害者でした。
おそらく読み書きそろばん出来なかった人です。
カタカナしか書いてあるのを見たことがありませんでした。
一緒に買い物に行ったのは五回もないですが、おそらく桁の大きいお札を出して置けば足りるくらいの感覚だったと思います。
私は読み書きそろばんできるのです。
あるものを、数える。

コメント